仮面幻想殺人事件(SS)


2002年7月3日(水)


七月に入り、初夏の気候と眩しいくらいの日差しに額に汗をにじませながら、
マンションへと足を運ぶフリーのシナリオライターの姿が見える。
そのシナリオライター生王正生(いくるみまさお)は額の汗を手で拭い、自宅へ帰るように
戸惑うことなくマンションの一室の前まで足を運ぶ。


その一室は癸生川(きぶかわ)探偵事務所。
実際にある探偵と聞くと浮気調査・人探し・はたまたペット探し等、が先に思いつく
逆にに小説や二時間ドラマなどに出てくる探偵だと、
難解な殺人事件を推理して解決する方が思いつく。


癸生川探偵事務所の主、癸生川凌介(きぶかわりょうすけ)はその後者であるらしい。
癸生川探偵は敏腕の探偵であるが変わり者という噂がある、
ただ事実なのかは定かではないが、
変わり者が事実で、それに誰かが敏腕と言うのしを付けてそれが
一人歩きしただけという事もある。
これから起こる事件で癸生川探偵の噂の真相が明らかになる筈。


生王(いくるみ)は事務所のインターフォンを躊躇せずに鳴らす、
探偵事務所なんてところに入るのには少なからず戸惑うのが普通、
生王(いくるみ)は探偵事務所の主の癸生川とは友人であり、
仕事のネタに使わせているので事務所には頻繁ではないが出入りしている。

「は〜い!…あら、生王さんじゃないですか。どうぞどうぞ!」


事務所のドアを開けたのは、癸生川ではなくその助手の白鷺州伊綱(さぎしまいづな)。
助手と言えども、そこいらにいるの自称探偵よりかは洞察力や観察眼など優れており、
大概の事件ならば彼女一人で解決できる力を持っている。


「外、暑かったでしょ。いま紅茶淹れますね。」


きょうび子供ですら携帯電話やパソコンなど使えるIT全盛時代に、
未だ紙をファイルして記録を残したり、
電話が黒電話だったり所々に古風な趣がある。当然ながら主の趣味だ、と生王は
見慣れた事務所を改めて見回しながら思った。


更に応接セットの向かいには小さなテレビが置いてある、しかもダイヤル式。
黒電話と言いダイヤル式のテレビと言い、携帯電話やパソコンが使える子供はこの二つの
存在すら知らなさそうだ。
そしてその奥には癸生川の部屋へ続くドアが一つ。


「ああ、ありがとう。今日も暑いね全く…」


ほら見てよこの汗と言いながら、手で額を拭って見せた汗を見せると、
目が笑ってない伊綱が腕を組みながら、


「いや、別にみせなくていいです。」


それでも見せようとする生王(いくるみ)に伊綱(いづな)は眉間にシワを寄せて、
いいですってば!と、更に拒否の言葉を少しだけ声を張り上げて返す。
だが、慣れているのか生王は悪びれる様子もなく友人の癸生川の姿を探す。


「あっ。先生なら今は奥で休んでますよ。」


「そっか、無理に起したらどうなるか分からないからそっとして置こう。」


「それが懸命ですね。」


しかし、閑散としてる部屋だ。大きなお世話だろうが…
本当にここは探偵事務所としてやっていけているのだろうか…
再度、部屋を見回してしみじみと考える生王(いくるみ)。


「大きなお世話です」


「え、声に出してた?」


「顔がそう言っていますよ。」


生王は暑さでかいた汗と違う汗を心の中で流しながら、テレビの方に目を向ける。


「今ちょうど紅茶入れながらテレビ見ていたんですよ」


昼の報道番組が小さい画面の中に写っている。
伊綱がテレビに見入っていたが思い出したのだろう、
あ、と声をだして我に返る、その行動に生王がテレビから伊綱に目線が移った。


「紅茶できたかな?いま持ってきますからちょっとテレビでも見ててください。」


心なしか伊綱は足早に台所へと向かっていく。生王はさして気にもせずに
テレビに目線を戻して流れるニュースに目と耳を向けた。
画面には向かって左上にマンションの映像が小さく映り、
その下に今日のニュースとテロップが現れアナウンサーが、
手元にある原稿とテレビカメラを交互に見ながら落ち着いた口調で饒舌に淡々と、
今日のニュースを読み上げる。


報道番組って良いニュースでも悪いニュースでも、同じような喋り方で話すから
アナウンサーって感情が無いのかと思うときがある。
でも、心込めて熱く言われても寒いものがあるか。


生王は自分の考えに自問自答しながら、テレビに意識を戻す。


「昨日午後未明、品方市に住む22歳OL、笠見由紀乃さんが
自宅マンションで死んでいるのを、訪れた友人が発見し110番しました。
笠見さんがゲームをプレイしている状態のまま倒れていたことから
警察当局ではそのゲームに何らかの原因があるのではないかと見て…」


「なんだか怖いですね、ゲームやってて死んじゃうなんて…。
…あ、はい紅茶です。熱いうちにどうぞ。」


テレビに見入っていた生王は伊綱の言葉で我に返り、伊綱から紅茶を差し出してもらう。
その間に、先程のニュースはいつの間にか終わって、別の報道をしている。
滝のように早い情報の流れ、これを取捨選択をするのは大変な作業だ、
その流れに人の死のニュースも混ざっているのがなんともいえない。